探訪!オートデスク株式会社
堀口真人氏
株式会社コンセント
プロデューサー
多摩美術大学情報デザイン学科卒業。企業Webサイトの大規模なリニューアルプロジェクトや、グローバルプロジェクトのアカウントディレクション、プロジェクト設計に従事。また、人間中心設計プロセスをベースとしたユーザー調査等のフィールドワークを踏まえた分析、要件策定、設計、構築のプロジェクト経験も多数。近年はWebアクセシビリティやインクルーシブデザインにも取り組んでいる。
Tooは、特別セミナー「design surf seminar 2020 - デザインの向こう側にあるもの - 」を、2020年11月3日(火)~6(金)にオンラインで開催しました。環境が激変した今年のdesign surf seminarは、より身近でよりいまに近い「ビジネスやクリエイティブ、デザインという仕事のいまを共有し合おう。」をテーマにしました。今年は全国からたくさんの方にご参加いただき、オンラインながら盛況のうちに幕を閉じることができました。当日のセミナーレポートをお届けします。
デザイナーは自分ではない誰かが使うもの、誰かが見て感じること、自分ではない誰かの体験をつくる。本セッションでは、株式会社コンセントの堀口真人氏により「インクルーシブデザイン」との出会いと、そこから得た気づきをお話ししていただきました。
誰かの視点を通して見る世界
堀口氏は株式会社コンセントにてプロデューサーやディレクターを主に担当し、インクルーシブデザインチームのリーダーを務めています。まずはインクルーシブデザインについて、様々な定義付けがあると紹介されました。
堀口氏がインクルーシブデザインに携わる大きなきっかけとなったのは、先天性の全盲の視覚障がいをもつアクセシビリティエンジニアの辻勝利氏の入社でした。これまで視覚障がい者と接する機会があまりなく、会社としても初めてだったことから、当初は戸惑ったそうですが、まずは通勤や社員とのコミュニケーションなど、社内生活をどのように送るか試行錯誤の繰り返しからスタートしました。
はじめに課題の一つとして挙がったのは、オフィスでの移動です。複数社が入居するビルの2つのフロアに本社オフィスをもちフロア間の行き来も多い環境で、辻氏が一人でオフィス内を行き来できるイメージがまったく湧かなかったという堀口氏は、もともとHCD-Net認定 人間中心設計専門家でもあったことから、HCDプロセスを活用し、まずはオフィスの観察を始めたそうです。
観察をもとに、空間の構成、扉の数、エレベーターの挙動など、通ってほしい動線の状況をテキストで詳細に記述し辻氏に共有しました。そのときに、「エレベーター二機に対して扉が対に二つある。辻さんのデスクから向かって手前にあたる扉は普段開かないため、奥にある二つ目の扉を使ってください。」と伝えたとのこと。辻氏も「これなら一人で移動できそうです」と、このテキストを非常に喜び、さっそく一人での行動に挑戦しました。
ところが実際に試みたところ、指示にあった二つの扉の間に存在する非常口に衝突してしまったそうです。この経験に堀口氏は衝撃を受けます。そもそもエレベーターホールには扉が二つしかないと思い込んで、普段使うことのない非常口を見落としていたのです。「デザインの恐ろしさ」を強く痛感した出来事であり、自分が情報を伝えるためにデザインしたものが、人を傷つけかねない可能性すら感じたとのこと。しかし同時に、堀口氏に見えていなかったものが辻氏を介して見えた、「デザインのおもしろさ」も感じる衝撃的な瞬間でもあったと語ります。
さらに観察を続けることで発見した課題は、二機あるエレベーターそのものだったとのこと。エレベーターが到着した時は音が鳴り、ランプが点灯します。しかし現状では、右と左どちらのエレベーターが到着したのか、それは昇りなのか降りなのか視覚状況でしか判断できないため、辻氏はほぼ賭けの状態でエレベーターに乗車していたそうです。
堀口氏は再び観察をして、自らの案も伝えながら「視覚情報がなくても左右どちらのエレベーターが到着したのか、かつそれが昇りなのか降りなのかがわかること」を条件に社内で課題解決のアイデアを募集しました。するとデザイナーやディレクター、エンジニアなど、幅広い層からアイデアが集まり、たった一両日で解決策が生まれ、システムができあがったそうです。
この解決策によって辻氏は、エレベーターが右に到着したのか左に到着したのか、昇りか降りか瞬時に判断できるようになりました。さらに驚いたことには、辻氏だけではなく晴眼者の社員の利便性も上がったそうです。スマホを見ながらや会話をしながらだと、うっかりエレベーターに乗り間違えてしまうことも少なくなかったとのこと。それが音で判別できることから、乗り間違いが激減したのです。辻氏の課題を解決した結果、他の人の課題も同時に解決された瞬間です。堀口氏が「なるほど、これがインクルーシブデザインか。」と感じた出来事だったそうです。
辻氏と共に生活する上で観察を繰り返し、さまざまな発見や実体験を生んだ活動は、組織化して取り組みを強化すべきだと認識され、 「インクルーシブデザインチーム」が発足しました。
当事者と共創するインクルーシブデザイン
実体験を踏まえて、改めてインクルーシブデザインについての解説が続きます。インクルーシブデザインと似たような言葉として、
・インクルーシブデザイン (デザインプロセスに多様な人を巻き込む手法) ・ユニバーサルデザイン (全ての人が利用できるデザインである状態) ・アクセシビリティ (全ての人がアクセスできる状態) などが挙げられると堀口氏から紹介されました。
ユニバーサルデザインもインクルーシブデザインも基本的に目的や対象は同じです。ただ、前者はプロのデザイナーなど当事者以外の人が関わるのに対し、後者は障がいを持つ人と共創的に取り組むプロセスを指すことが多いとのこと。またマーケティング観点で述べるなら、ユニバーサルデザインは平均的なユーザーを反映するのに対し、インクルーシブデザインは極端なユーザーを多く観察し、ユニークな部分を抽出し活用しているとも言えるとのこと。今まで気がつかなかった視点で物事を観察できる、アイディエーションの手法としても非常に面白い手法だと堀口氏は述べました。
デザインが担う多様な領域
インクルーシブデザインの対象を考えるときに、身体的な制限だけでなく、環境や状況による制限も考える必要があるとのことです。例えば漢字が読めない子供や、山奥では通信環境が悪いということなども、制限された状況にいるという意味で対象に含まれます。最近だと、リモートワークで対面での会議ができないことや、家族がいるためビデオ会議で音声が出せないことなど、誰でも制限された状態に置かれ得ると述べられました。そのほかにも、その人のバックグラウンドにある思想や、利き手や肌の色、言語や文化など、誰もが様々な違いをもっており、障がい者だけではなく、私たちみんなが対象だということを常に意識する必要があると語られました。
インクルーシブデザインの取り組みや考え方は格差解消につながる世界的な取り組みであると堀口氏は述べます。企業が提供するプロダクトのユニバーサルデザイン同様、事業やサービスのビジョンを定める際に、手がかりになる手段だと話されました。「誰を」「どの範囲で」「どの状況下にある可能性があるか」などを課題設定の手前で検討し、具体的にどのような事業やサービスにするか試行錯誤する。インクルーシブデザインは、他者を「よりよく知り」「一緒につくる」ことであり、利用者と一緒に作り上げていくことが重要だと語られました。
ダイバーシティやインクルージョン、サスティナビリティへの取り組みといった世界的な時代の要請のもと、インクルーシブデザインは今後ますます企業の経営課題になるだろう、デザイナーが担う役割や範囲はすでに広がりつつあるとのことです。
世界を少しずつ面白い方向へ導く
前半で紹介された実体験において、辻氏に送ったテキストは間違いだらけだったと堀口氏は振り返ります。一方でこの体験があったからこそ、デザインが人にどのように作用するか、デザイナーの役割はどのようなものか再認識できた宝物であるとのことです。
日頃は主にプロデューサーやディレクターを担当している堀口氏。情報や体験を伝え、一緒に課題解決を目指すことで、デザイナー的活動ができたことはとても面白い経験になったと語ります。「デザイナー自身の見方や価値観が拡張されると、デザイナーがつくる世界も広がっていく。世界が少しずつ面白い方向に行くといいなと思っています。」という言葉でセッションは締めくくられました。
画像はすべて、堀口氏の当日のセミナー資料からの引用です。 株式会社コンセント
「エレベーターをインクルーシブなものに。コンセントのプロトタイピング」
「Weekly Inclusive Design」
design surf seminar 2020 記事一覧
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