design surf seminar 2019

マツダデザインの挑戦

レポート

2019.12.02

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前田育男

マツダ株式会社
常務執行役員 デザイン・ブランドスタイル担当

京都工芸繊維大学意匠工芸学科卒業。1982年東洋工業(現マツダ)入社。チーフデザイナーとしてロータリーエンジン搭載の「RX-8」や、ワールド・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した3代目「デミオ」を手がける。2009年デザイン本部長就任。マツダブランドの全体を貫くデザインコンセプト「魂動」を立ち上げ、 多くのデザインアワードを受賞。2016年常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当。趣味はモータースポーツで、国際C級ライセンスを保有。著書に「デザインが日本を変える ~日本人の美意識を取り戻す~」(光文社新書)がある。

Tooは、特別セミナー「design surf seminar 2019 - デザインの向こう側にあるもの - 」を、2019年10月18日(金)に虎ノ門ヒルズフォーラムで開催しました。 4回目となる今回も、デザインをビジネスの側面から捉えた11本のセミナーを行い、たくさんの方に来場いただき盛況のうちに幕を閉じることができました。当日のセミナーレポートをお届けします。

周囲の光の加減によって表情が変わる複雑なボディ。他社の追随を許さないユニークなエンジン技術。マツダは、ライバルとは一線を画す独自のポジションを築いています。そんなマツダをデザイン面から引っ張り、現在のブランド地位を築きあげた前田育男氏にご登壇いただきました。

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危機感を共有したい

現在はマツダのデザイン・ブランドスタイルを統括する前田育男氏。「CAR AS ART(クルマはアートだ)」をテーマに、美しいクルマ作りに挑戦しています。そんな前田氏は、まず「危機感をシェアしたい」と切り出しました。日本の将来、カーデザインの将来について危惧することがあり、それが前田氏のデザインのモチベーションになっているそうです。

危機感のひとつは「様式レス」の日本の風景。特に地方のロードサイドの光景は、まさに何でもアリで、混沌としています。これでは美しいものを作ろうというモチベーションが湧きにくいと前田氏は指摘します。一方ヨーロッパを訪れると、そこには必ず「様式」があり、どこへいっても美しく統一感があります。これは街並みを維持するために厳しいルールがあるから。様式のある街並みの中では、乗りものは風景に色や艶を与える存在。だからこそ、様式を理解したプロの仕事しか許されない環境なのです。

もうひとつの危機感は、自動車業界のトレンドです。現在CASEと呼ばれる新技術によって、自動車は120年に1度の変革期を迎えています。今後、ドライバーがいない自動車が出てきたら、自動車のデザインはどうなってしまうのか。従来の自動車は「運転する道具」としてデザインされてきました。制約があるからこそクルマらしさが研ぎ澄まされてきたと言えます。ところが自動運転車によってその根本が無くなると、これまで時間をかけて作られたクルマの「美の基準」が失われてしまうのではないか。様式レスの日本で、クルマの美の基準が失われてしまったら、クルマはどんな姿になってしまうのか。これが前田氏の危機感であり、美しいクルマを生み出す原動力にもなっているのです。

そして最も大きな危機感、それはマツダという会社自体の危機でした。リーマンショックに端を発する世界的な景気の悪化により、マツダはフォード傘下から離脱。早急にブランド価値を高めなければ、ブランド自体が消滅するかもしれない、という瀬戸際の状況から、前田氏はブランド構築をスタートしました。

生き物の研究

ブランドとは、企業の生き様や哲学を、商品の価値に落とし込んで表現すること。マツダの哲学は「人馬一体」です。クルマは、心が通ういわば生き物のような存在にしたいと考えています。そこで生き物の形や動きを徹底的に研究し、それをクルマの形や動きに反映させようとしています。

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造形面で現在のマツダデザインの原点となっているのが「御神体」です。これは、さまざまな生き物を模写し、その動きのエッセンスを次第に抽象化した立体で、前田氏率いるデザインチームが1年かけて作り上げました。金属を削って作られたものですが、どこか暖かく張りがあります。

動物が走る美しいフォルムを研究して気づいた最も大きい要素は、「背骨」の存在だといいます。動物は目で行く先を追いかけ、尻尾でバランスをとりながら走ります。その間をつなぐ背骨こそが、躍動感あふれるフォルムのカギ。前田氏はデザインする際に常に背骨を意識しているそうです。こうしてできあがったのが「魂動デザイン」です。

前田氏たちは、クルマをデザインするプロセスも開発しました。手書きでスケッチした抽象的なフォルムをデジタル化し、要素を分析してクルマのパッケージングにかぶせる方法です。このプロセスがピタッとハマったのが2015年に発売されたCX-3で、これまでで最も短い期間で、テーマが明確なデザインを実現したそうです。

「手創り」へのこだわり

このようにデジタルを利用した効率的なデザインプロセスを作り上げる一方で、マツダがこだわっているのが「手創り」です。最後までデジタルツールで仕上げるのではなく、必ずクレイモデルを作り、感触を確かめながら手で削って形を作っていく。これは効率化とは真逆の行為ですが、それ以上の価値を生み出されると信じているそうです。

クレイは常温では硬く、温めると柔らかくなる特殊な粘土です。会社によって柔らかくなる温度設定が違い、マツダが使っているクレイは約55℃という高めの温度設定となっています。硬いものを削ってできる感じを出したいというモデラーチームの提案により、この温度になったそうです。ひと削りわずか0.3mmという繊細な世界ですが、そのひと削りでおおきな違いが出るそうです。

なぜ「手創り」にこだわるのか。前田氏はその理由を、実例を見せながら説明しました。スライドに映し出されたのは2台のクルマ。1台は現行のロードスターで、もう1台はデジタルツールでデザインしたクルマだそうです。これを面質(面の種類)ごとに分けて色づけしてみると、ロードスターには非常にたくさんの面がある一方、デジタルツールで制作したデザインは単純な面構成。このように作るツールによって、デザインには大きな違いがでるのです。

そしてここからはブランドデザインの話。単にCIやVIを作って終わりというものではない、と前田氏。冒頭にも述べたように、ブランドとは企業の生き様を反映させたものであるべきだといいます。

そのために前田氏が実行したのが「束ねる」こと。ひとつひとつが個性的であっても、一貫性がなければ「様式」は作れません。そこでクルマのフロントマスクを統一し、ソウルレッドというブランドカラーも設定しました。余談ですが、マツダの地元である広島カープのヘルメットの色もマツダデザインで作ったそうです。

またクルマをきれいに見せる環境を作るために、建築家の谷尻氏とともにショールームを設計。目黒碑文谷店を皮切りに、大阪や台北などにも広げていきました。ブランドイメージにあわせて「Mazda Type」というオリジナルフォントも制作。安定したプロポーション、張りのあるテンション、人が書いたような手創りのニュアンスなど、クルマづくりと共通する視点からデザインされています。

世界でも高い評価を受けたマツダデザイン

このように時間をかけて作り上げたマツダの美意識が反映されているのが、2015年の東京モーターショーで発表されたコンセプトカー「RX-VISION」です。前田氏自身が「渾身の作品」と表現するロータリーエンジンのスポーツカーは、まるで絵画のように美しく、視点を変えるとまるで生き物のようにリフレクションが動きます。

ドイツにバウハウス、北欧にスカンジナビアンデザインがあるように、日本にも固有のデザイン様式を作りたい。そんな思いで、日本固有の美意識である余白、反り、移ろいの表現に挑戦したのが、2017年の東京モーターショーで発表した「VISION COUPE」です。

RX VISIONとVISION COUPEは、世界でも高く評価されました。どちらも純粋な美しさだけで選ばれる「Most Beautiful Concept Car of the Year」を受賞。数億円単位の超高級車が集まる自動車コンクール「Villa d’Este」にも出展しました。前田氏は、そこであるイタリア人紳士にかけられた言葉に感動したといいます。その言葉とは「このデザインを見ると、日本庭園に行ったときの感覚を思い出す」というもの。「CAR AS ART」という壮大な目標を掲げて挑戦を続けてきたけど、少しはアートと言える領域に近づいたかな、と前田氏は振り返りました。

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現在クルマは大きな分岐点にいます。そしてその捉え方が日本とヨーロッパで違うように感じる、と前田氏はいいます。日本では「120年も経ったんだからもう変わらなきゃ」とモビリティ化を促進する方向。一方ヨーロッパでは「120年も続いたヘリテージなんだから大事にしたい」という思想を感じるそうです。 まだまだカーデザインでできることはたくさんあるし、クルマは最後まで人を感動させる美しい道具であり続けたいと思っている、と前田氏。「美しさには力がある」という言葉で締めると、満員の会場は大きな拍手に包まれました。

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