design surf seminar 2019

美の複合体験施設「S/PARK」の環境とUXデザイン

レポート

2019.11.14

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信藤洋二氏

株式会社資生堂
クリエイティブ本部 デザインエクセレンスユニット ECD

1992年、パッケージデザイナーとして資生堂入社。ブランドSHISEIDOや、資生堂銀座ビルのデザインを手掛ける。近年は、デザイン主導による製品や体験のイノベーションを担当。

鐘ヶ江哲郎氏

株式会社資生堂
クリエイティブ本部 コーポレートコミュニケーション戦略ユニット ECD

1985年、コピーライターとして資生堂入社。以来、さまざまな化粧品ブランドを手がける。近年ではコーポレートコミュニケーション戦略とその企画立案を担当している。

Tooは、特別セミナー「design surf seminar 2019 - デザインの向こう側にあるもの - 」を、2019年10月18日(金)に虎ノ門ヒルズフォーラムで開催しました。 4回目となる今回も、デザインをビジネスの側面から捉えた11本のセミナーを行い、たくさんの方に来場いただき盛況のうちに幕を閉じることができました。当日のセミナーレポートをお届けします。


株式会社資生堂の信藤洋二氏と鐘ヶ江哲郎氏によるセミナー「美の複合体験施設『S/PARK』の環境とUXデザイン」が行われました。信藤氏からは、2019年4月に完成した資生堂グローバルイノベーションセンター、通称「S/PARK(エスパーク)」の環境デザインについて、そして鐘ヶ江氏からは、エイジングシミュレーションを通してコンシューマーに「デジタルタイムトラベル体験」を提供する未来型インスタレーション「BEYOND TIME」のUXデザインについてお話ししていただきました。

S/PARKという名前に込められた思い

1872年に創業した資生堂は、2022年に創業150周年を迎えます。それを見据えて、2014年末に中長期戦略を定めた「VISION 2020」が策定され、資生堂グローバルイノベーションセンター、通称「S/PARK(エスパーク)」の設立が発表されました。

信藤氏によるセミナーは、その流れの一環として、2018年に打ち出されたあるコピーの紹介から始まりました。それは、

「LOVE THE DIFFERENCES. 違いを愛そう。」

というもの。そこには、ただ単に多様性を認めるだけではなく、積極的に共感の輪を広げることによって、世の中にイノベーションを起こしていきたいとする資生堂の願いが込められています。そしてこの願いは、以下に掲げられたS/PARKのベーシックポリシーにも引き継がれることになったそうです。

1.資生堂の最先端を「表現」する。 2.コンシューマーと研究員の「交流」を促す。 3.ここから「新価値」を生み出す。 4.グローバルに「発信」する研究拠点である。 5.みなとみらい21地区に「にぎわい」をもたらす。

そもそもS/PARKという名称は、公的な「ニックネーム」として資生堂自身が提案したもの。そこで日常的に過ごす研究員のみならず、非日常的に訪れるコンシューマーにとっても思い出深く感じられる交流の場所=PARKになるようにとの思いが、この名前には込められています。

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万物資生の「ひらめき」を表した空間デザイン

S/PARKの1階には、資生堂パーラーとのコラボレーションから生まれた「S/PARK Cafe」、資生堂独自のメソッドでアクティブビューティーを体感できる「S/PARK Studio」、そして研究員がコンシューマーとコミュニケーションを取り、パーソナライズ化粧品を製作・提供する「S/PARK Beauty Bar」が、そして2階には、インタラクティブな体験を通して「美」について思いを馳せながら、最先端技術を垣間見ることのできる体験型ミュージアム「S/PARK Museum」が設置されています。

人々が行き交う横浜のみなとみらい地区にあって、誰もがオープンな交流をできるよう、1・2階は開放的な吹き抜け空間になるよう設計されました。

また誰よりも長くこの場所で過ごすことになる研究員にとっても親しみやすい空間になるように、最上階には屋外でも過ごせるカフェテリアが設置されています。中層のフロアには、研究員同士の「偶然の出会い」が期待されるフリーアドレスのワークスペース、ソファ席、テント空間、トラス構造の半個室など、ユーザーの「選択の自由」が推奨されているところに、S/PARKの理念が表れているようです。

そんなS/PARKにとって、重要なキーワードは「ひらめき」。社名の由来にもなった「万物資生」という言葉には、「大地の徳は素晴らしく、すべてのものはここから生まれる」という意味があります。

そのイメージが、S/PARKの内装空間では、大地から立ち上がるかのようなS字階段や、あふれ出る「ひらめき」として表現されることとなりました。それを象徴するインスタレーションが、1階のメインエントランスに設けられています。大地から湧き上がるような「ひらめき」が、付箋の形に代替されて、S字カーブを描きながら空間全体に表現されているのです。

デジタルタイムトラベルがもたらす意識の変容

続いて鐘ヶ江氏のセミナーでは、S/PARKのエントランスに設置された「BEYOND TIME」についてお話ししていただきました。

BEYOND TIMEは、長年にわたりエイジングサイエンスを研究してきた資生堂がそのノウハウを活かし、研究・開発したエイジングシミュレーター。年齢による顔の変化を、実際の顔の映像にリアルタイムで重ね合わせることで、シミュレーションすることができるデジタルテクノロジーです。

その独特な体験を、鐘ヶ江氏は「デジタルタイムトラベル」と呼んでいました。そこで重要視されるのは、ただ単に顔の変化を面白がることではなく、顔の変化とともに、人の意識がどのように変容するのか/しないのかということ。BEYOND TIMEのユニークな点は、親子、夫婦、恋人、友人など、必ず1人ではなく2人でしか体験ができないということです。

たとえば、母と娘が一緒に体験した場合、2人の年齢を逆転して見ることができます。母の年齢になった娘と、娘の年齢になった母。その顔をお互いが見合わせたとき、母と娘の意識にはどのような変化が生まれるのか。そこで生じるコミュニケーションにこそ、BEYOND TIMEは着目していると鐘ヶ江氏は語ります。

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BEYOND TIMEの3つのプロセス

その体験は3つのプロセスに分かれています。まずは受付で、体験者それぞれの年齢を登録。それとともに、「将来楽しみにしていることは?」など、70通りの質問が表示されます。

BEYOND TIMEの内部は2つの空間に分かれており、体験者はそれぞれミラーを介して向かい合って座る形に。その際、シミュレーションしてみたい年齢を選ぶことができるのですが、お互いに自分の年齢を選ぶことはできず、相手の年齢のみ選択することができます。

その結果表示されるのは、たとえば、孫の年齢にまで若返った祖父の顔と、祖父の年齢にまで年をとった孫の顔。それぞれ、相手の顔が自分の見ているモニターに映し出されます。その顔を見ながら、鏡の向こうにいる相手と感想を伝え合ったところで、「デジタルタイムトラベル」は終了します。

なぜ、自分の顔を自分では見れなくしたのでしょうか。その理由を、鐘ヶ江氏は「実際に自分の顔が変化した様子を見せてしまうと、誰でも自分の顔に見入ってしまうので、コミュニケーションが発生しなくなってしまう。ですが、BEYOND TIMEの主要なテーマは『コミュニケーション』だったので、開発から半年が経った段階で『自分の顔は見せない』『相手から伝えてもらう』ことに変更して、一からつくり直すことにしました」と語ります。しかし、それでも自分の顔の変化は気になるもの。そんな人のために、体験終了後には変化した顔のデジタルデータをスマートフォンに入れて持ち帰ることができます。

「LOVE THE DIFFERENCES.」に込められた願い

そしてセミナーの終わりには、実際にBEYOND TIMEを体験した人たちのインタビュー映像で締めくくられました。

「若い娘もこうなってしまうのかと、ちょっと複雑な気持ちでした」 「年が逆転していることって普通はないので、だけど笑っていて楽しそうで幸せそうな顔だったので、嬉しいなって思いました」 「まぁこのくらいの80歳だったらいいんじゃない?」「お互いね、こうなっていけばいいかもね」 「見た目は変わったとしても、2人で進んでいきましょうねというテーマがあったのかなと思いました」

インタビューの映像からは、「LOVE THE DIFFERENCES. 違いを愛そう。」のコピーに込められた資生堂の願いが、体験者の方々へ確かに届いているように感じられました。S/PARKの紹介からBEYOND TIMEに込められた思いまで、信藤氏と鐘ヶ江氏による一連のストーリーをお話しいただいたところで、このセミナーは終了しました。

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