design surf seminar 2024

手でつくる気分の形

レポート

2024.12.09

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山口 萌子

株式会社日本デザインセンター
ポリローグ研究室 アートディレクター

1987年生まれ。慶應義塾大学、多摩美術大学卒業。書体デザイナー、日本デザインセンター色部デザイン研究所デザイナーを経て、2022年より同社アートディレクター。VI、ビジュアル、サイン、展覧会デザインなどを手がけている。主な実績に「東京都庭園美術館 旧朝香宮邸を読み解く A to Z」展示計画・アートディレクション、「Featured Project 2023」アートディレクションなど。

Tooは、特別セミナー「design surf seminar 2024 - デザインの向こう側にあるもの - 」を、2024年11月1日(金)に虎ノ門ヒルズフォーラムで開催しました。今回は、業界の最前線でデザインやクリエイティブに挑戦されている方々による8本のセッションを行い、新たな創造の原動力をお話しいただきました。当日のセッションレポートをお届けします。

アートディレクターの山口萌子氏は、株式会社日本デザインセンターで数多くのプロジェクトに携わっています。本セッションでは、言葉で伝えきれないものをデザインすること、考えるだけではなく手で探して見つけ出すことについて、最近のプロジェクトとその制作過程も交えてお話しいただきました。

普段はなかなか聞くことのできない、デザインの現場での試行錯誤やクライアントとのコミュニケーションなど、具体的な体験に基づいたエピソードに参加者は熱心に耳を傾けていました。

デザインが人の気持ちを作れることに気づくきっかけの仕事

デザインで問題を解決したいと漠然と考えて日本デザインセンターに入社した山口氏が、デザインが人の気持ちを作れることに気づくきっかけとなった仕事として、この章では色部デザイン研究所在籍時に携わったプロジェクトがいくつか紹介されました。

まずは、ビジュアルアイデンティティを担当した高輪ゲートウェイの開発プロジェクト「TokyoYard PROJECT(東京ヤードプロジェクト)」です。プロジェクトのブランディングとしてオフィスデザインや日々使用されるドキュメントに使う書体を作る中で、あたらしい街をつくるプロジェクトメンバーのモチベーションを、デザインで支えられることを知ったそうです。

そして、もう一つの大きな転機が2019年にリニューアルした東京都現代美術館のサインの仕事です。一見ハードルが高く難しそうと思われる現代美術のための空間を、自然な雰囲気のサインによって柔らかくすることができ、リニューアル後はこれまで美術館に距離を感じていた家族連れなどの来館者が増えたといいます。サインには道案内やトイレの位置を示すなどの機能がある一方で、雰囲気や気分を作れることを実感したプロジェクトでした。

さらに、日本デザインセンターの60周年を記念した展覧会「VISUALIZE60」では、自分たちのデザインワークを一般の人にもわかりやすく伝えることを目指し取り組んだことで、山口氏の視点をより明確にする機会となりました。一般の人には「自分たちとは関係ないもの、少し距離があるもの」と思われがちなデザインの面白さや素晴らしさを、「知ってもらいたい、伝えられたらいいな」と、この仕事を通して思うようになったと語りました。

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雰囲気や気分をデザインするのがデザイナー

初めて会った人たちの中でこの人と仲良くなれそうと思う理由は、何となく雰囲気が似ている、親近感があるといった感覚的なものだという話から、企業と人との関係も、サービスと人との関係も同じではないかと山口氏は述べます。

たとえばサービスの背景にはさまざまなストーリーや理念が詰まっていますが、人がそれを知りたいと思うきっかけには雰囲気や気分も重要です。その、人と何かが関わるときに大切な要素である雰囲気・気分をデザインするのがわたしたちデザイナーだと語りました。

そして、「気分をデザインする」という観点から、山口氏が携わった最近のプロジェクトをいくつか紹介していきます。

気分を伝えるデザインでクリエイターズイベントのビジュアルを作る

2人の若手女性プロデューサーが立ち上げた新しいクリエイターズイベント「Featured Projects 2023」は、知名度がほとんどないところから、たくさんの人に知ってもらい仲間になってもらうことをデザインでサポートする仕事でした。

イラストレーター・前田麦さんから受け取ったイラストレーションの持つ躍動感やパワーと、イベントコンセプトの「よいものづくりは、明日を拓く」をもとに、たくさんのクリエイターが仲間になってくれるための「気分を伝えるデザイン」を考えて完成したビジュアルを紹介しました。

自分たちが手で作っている感覚を想起させるようなビジュアルを作った上で、実際に手を動かす中で「何を伝えるべきなのか、どう伝えたらうまく伝わるのか」が深まり、磨きがかかっていく経験をしたそうです。

また、スタッフやボランティアが同じユニフォームを着て一緒に作業をしていく中で、デザインがみんなのモチベーションになっていく瞬間を見ることもできました。一つの目的に向かっている、一緒の気分を共有していることを象徴するものとして、デザインが存在できたとプロジェクトだったと山口氏は振り返りました。

書体が毎日に調和している状態を表現したタイプファウンドリーのWebサイト

つづいて、香港のタイプファウンドリー「Kowloon Type」のWebサイトをデザインした事例を紹介しました。Kowloon Typeは山口氏が書体デザイナー時代にカンファレンスを通して知り合った香港人デザイナーのHui Hon Man, Juliusが創設した書体設計会社です。

文字数が多いので書体が少なく、漢字は四角い枠の中いっぱいに文字が入ってるので組版にリズムが生まれづらいのは中国語も日本語も共通しています。そんな中でも、「タイポグラフィを使って、もっと豊かな表現ができる土壌を作りたい」「文字は文化なので次の世代に受け継いでいきたい」というJuliusさんの思いに共感し、この思いをデザインで伝えたいと取り組んだプロジェクトだと語りました。

このWebサイトをデザインするにあたりコンセプトにしたのは、「書体が毎日に調和している状態」を見せることでした。すごく必要なものだけど、自然すぎてあまり意識されていない書体の存在をリアルに感じてもらうため、Juliusさんが制作した書体が使用された本や紙見本、制作のインスピレーションになっている香港の街並みや制作現場の動画をトップページのビジュアルに採用しました。サイトの構造もユニークで、原稿用紙をイメージしてメニューが真ん中に配置されています。これにも、デジタルであるWebサイトのデザインに紙媒体の特徴を持ち込むことで、書体を物理的で身近な存在として感じてほしいという思いが込められています。

デザイナーは直感と理屈の間に存在している

その他にも代表的な仕事の例を紹介しながら、山口氏は最後にデザイナーの立ち位置を「直感と理屈の間に存在している」と表現しました。デザイナーの仕事は、感覚的な仕事だと思われることもあれば、逆に理屈で成り立つ仕事だと思われることもあります。しかしその両方の間に立って、伝えたいことを「気分」に翻訳していく作業が自分にとってのデザイナーの仕事だと解説しました。

クライアントには伝えたいことがたくさんありますが、それを初めて会った人に一度にすべて伝えても、複雑で難しく、本来の面白さや魅力が伝わらない可能性あります。その面白さや魅力を、まずは感覚的に表現することで、興味を持ってくれる人を増やすことができるはずです。そして、その表現は、理論・論理と感覚との間で生まれてくるものだと山口氏は考えています。

感覚と理屈の間を行き来しながら、モノと人、企業と人をつないでいく。山口氏のデザインへ取り組むときの考え方が、数多くの事例をもとに明らかになっていく刺激的なセッションでした。


株式会社日本デザインセンター

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