【現場を変えるMobilityのアイデア】第31話:腹落ち感が生み出す研修の価値
変化の大きな時代に、「デザイン」という言葉が指す意味や役割は広がりつつあります。今回は、経済や社会を動かすデザインの力について、経済産業省 商務・サービスグループ 文化創造産業課 デザイン政策室の室長補佐 中村純典様、同係長の木村綾様、同係員の上田明弥様にお話を伺いました。
時代の変化に合わせてデザインと向き合う
Too:まずはデザイン政策室の役割や、成り立ちについて教えてください。
中村様(以下、敬称略):私たち文化創造産業課のデザイン担当は、2025年の4月からはこの3名の体制で取り組んでいます。 私は特許庁の意匠課から、また、木村さんや上田さんは大阪の自治体から出向してきており、伝統的な造形の世界から社会課題の最前線の自治体まで、バックグラウンドの異なるメンバーが集まっています。
デザイン政策室の成り立ちは、1958年に、旧通商産業省に設置されたデザイン課に遡ります。以来、デザインを活用して産業の競争力を高め、経済や社会の発展に貢献することを目的に、経済産業省が所管するデザイン政策全般を担ってきました。
1950年代の日本は、欧米の家具やカトラリー、玩具などのデザインを模倣し、それらを輸出し、通商問題に発展したような時代でした。模倣から脱却し、優れたデザインを評価し購入しようという、消費者や製造者へのデザイン意識の向上に取り組むことが、当時の大きなテーマであり、Gマーク制度が始まるなどしました。
1990年代以降になると、Gマークの対象が、プロダクトだけでなく、建築物や公共施設にも広がりました。その後、1998年のGマーク民営化の前後で、コミュニケーションデザインのような概念的な分野や、社会課題の解決にもデザインを取り入れることが増えていき、対象が拡大しました。
ところで、2010年代には、今まで日本は世界屈指の技術力を誇っていたにもかかわらず、なぜiPhoneのような革新的な製品を生み出せなかったのか、という議論が広がったように思います。こうした問題意識も背景に、デザインの力を経営に取り入れて、ブランド⼒とイノベーション⼒を向上させて企業価値を高めるために、2018年に特許庁と経済産業省が連携して、「デザイン経営宣言」を発表しました。
また、2007年に創設されたキッズデザイン賞にもさまざまな角度で関わっています。キッズデザイン賞は、創設当初から子どもや子育てに関わる社会課題解決に取り組む優れたデザインを顕彰していますが、近年ではグッドデザイン賞も、障害のある方に向けたインクルーシブデザインや、お年寄りと子供が共に過ごす老幼複合施設などへの取り組みが高く評価される傾向があり、デザインによる社会課題の解決が重視されていると感じています。
日本のデザインの強みを海外に展開し、経済を発展させるために
Too:デザインを取り巻く社会情勢の変化を捉えながら、デザイン政策室の取り組みも時代ごとに変化してきたのですね。近年の取り組みを教えてください。
中村:2023年に「これからのデザイン政策を考える研究会」が開催され、最近報告書を公表しました。一方、昨年、経産省内で組織再編があり、デザイン政策室は文化創造産業課の下に位置付くことになりました。いま政府の関心事は、5兆円に達しているとされるコンテンツ産業の海外売上げを2033年までに20兆円まで成長させるというものです。
そこで、「エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会」という研究会が実施されました。エンタメ・クリエイティブ産業に携わる10の領域である、ゲーム、アニメ、漫画・書籍、書店、音楽、映画・映像、デザイン、アート、ファッション、「みる」スポーツ、を取り巻く現状について、各業界の専門委員を集めて議論を交わしました。
2025年5月には、その中間とりまとめとして、「『8つの不足』を埋める『10の分野100のアクション』」が公表されました。デザイン分野では、例えば、日本で設計・デザインされたものであることを国内外にわかりやすく示すために、「Made in JAPAN」だけでなく、「Designed in JAPAN」といった表記を普及させていこうといったアクションプラン案が出されました。
木村様(以下、敬称略):エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会において、将来の方向性を示すのが特に難しかったのがデザイン分野でした。デザイナーの間でも「そもそもデザインとは何か」が問われるようになり、業界全体としての課題意識が一枚岩ではなくなったからだと感じます。
造形やクオリティを重視したデザインが人の心と経済を動かす
Too:確かに「デザイン」という言葉が指す範囲はさまざまな領域に及んでいます。そんな中で、改めてデザイン政策室の皆さんが考えるデザインとは、どのようなものなのでしょうか。
中村:いまデザインの意味は大きく広がり、サービスデザインやコミュニケーションデザインといった、目には見えない形で社会課題を解決していくデザインに光が当たっています。日本の景気が30年ほど低迷し、BtoCからBtoBへ方向転換する企業が増える中で新製品も減り、消費者個人の購買意欲を喚起するデザインではなく、より社会的な視点で「仕組み」や「つながり」をデザインする必要性が増したことも要因にあると思います。
その流れを受けて、良いデザインの大前提である、カラー(Color)、素材(Material)、仕上げ(Finish)といったCMFデザインについては、完成度やクオリティを追求することが当たり前のことすぎて、ここ最近語られなくなってきています。デザインの話で、色・形の話をするとダサいというような空気すら感じます。しかし経済産業省としては、「造形」や「クオリティ」の重要性を見つめ直し、海外に訴求し経済を動かす、そうしたデザインも同じくらい重視すべきだと考えています。
デザインには人に「欲しい」と思わせる力があります。流行が生まれるのも、新しいスタイルが市場に出て購買意欲が掻き立てられ、販売量が増え、モノづくりのサイクルが加速し、経済を動かしていくのです。
こうした話をすると、「デザインの使い捨て」「消費社会が環境破壊を加速させてしまう」「地球が危ない」という声も挙がるかもしれません。その懸念ももっともですが、人の生活に彩りと潤い、変化と楽しさを与えることと、双方のバランスを取っていくことが重要だと感じます。
木村:日本は資源に乏しい国ですが、その代わりにゲーム、アニメ、漫画などのクリエイティブ産業で世界に存在感を示してきました。最近では、絵を描かなくても入学できる、課題解決型のデザイン系学部が増えています。デザイナーの思考や仕事の過程には汎用性があるため答えのない社会課題に取り組むには非常に有効だと思う一方、海外からの需要を喚起するためには、人の心を引きつけるモノを生み出す力も必要です。課題解決型のデザイナーと同様に、人を魅了する優れたモノを生み出す力のあるデザイナーもきちんと評価をされていくことが大事なのだと思います。
日本発のデザインの多様性を海外に発信するために
Too:海外から見た日本のデザインの立ち位置はどうでしょうか。
中村:デザインは研究会で議論された10分野の中で、最も海外指向が弱いという印象だったようです。社会課題を解決するためのデザインに注目すると、島国である日本のローカルに根ざした視点に光が当たりがちで、もちろんそれも大事ですが、結果として海外指向から遠ざかってしまうのだと思います。
造形の観点でも、日本のデザインが世界から評価されているとされるのは「禅」や「ミニマリズム」などの、シンプルで削ぎ落とされた美しさです。しかし、それだけが日本のデザインのすべてではないはずです。例えば、浮世絵にはミニマリズムの対極にある外連味あふれる表現がありますし、日光東照宮のような豪華絢爛な建築文化もあります。
バブル崩壊を経て、日本では「これでよい」「ミニマリズム」というような価値観が広まりましたが、その結果として、日本が本来持っていた造形に対する力強い表現力を手放してしまったように思えます。もう片方のエンジンも動かし両軸で進んでいくことを、デザイン政策室としても重視する必要があります。
多様なデザイナーが活躍できる社会を目指して
Too:これまでのお話の中で、経済を動かし外貨を稼ぐようなデザインの力の重要性をお話しいただきましたが、今後必要とされるのは、どのような力をもったデザイナーなのでしょうか。
中村:デザイナーに求められる役割を単機能化させる必要はなく、多様性が鍵だと思います。経営の視点を持ち、人と人をつなげられるデザイナーもいれば、造形をとことん極めている人もいると嬉しいです。
最近はデザイナーに、サステナビリティや課題解決能力、コミュニケーション能力、ファシリテーション能力、経営視点…あれもこれも求める声もありますが、そればかりではデザイナーを目指す人も限られてしまうんじゃないかと。経済産業省として、さまざまなデザイナーが活躍できる社会や空気感を作っていかなければと感じます。
Too:私たちTooも、創業以来デザイナーの皆さまがより良い環境で働けるよう、その基盤づくりを支えてきました。これからの時代も、変わらずそのお手伝いができればと思います。
上田様:先日、初めてTooグループの画材店トゥールズに足を運びました。そこに並ぶコピックは、私が子供の頃から慣れ親しんできた漫画や雑誌など、さまざまな作品に使われていることを知り、日本の文化に深く関わっていることを実感しました。また、TooさんはITツールをはじめ、デザイナーに必要なツールも幅広く扱い、デザインの現場を支えています。私たちのデザイン文化に対する想いと重なっているからこそ、これからも一緒に歩んでいきたいと思っています。
中村:私が初めてTooさんに出会ったのも、受験生時代に画材を買いに通っていたトゥールズでした。普通科の高校から美術系の大学に進もうとしていた当時、木炭紙、ステッドラーの鉛筆といった本物の画材に触れるたびに、「いよいよこの世界に足を踏み入れるんだ」と、デザイン業界の歴史や文化を肌で感じていました。今ではTooさんで取り扱う商材はデジタルツール中心になっていますが、毎年開催されている「design surf seminar」では、デザイナーにとって必要な価値ある情報を発信し続けています。そんな姿勢を通じて、引き続きデザイン業界内での存在感を高めていってほしいです。
Too:時代が変わってもデザイナーの皆さんに寄り添って、クリエイティブの現場を心地よいものにできるよう、お手伝いをしていけたらと思います。中村さん、木村さん、上田さん、ありがとうございました!
経済産業省デザイン政策についてはこちら
「これからのデザイン政策を考える研究会」報告書はこちら
「エンタメ・クリエイティブ産業戦略」中間とりまとめはこちら