探訪!オートデスク株式会社
株式会社モリサワ 代表取締役社長
森澤 彰彦 氏
メーカーさんを訪問して、皆さまの使っているツールが提供される背景を取材するシリーズ。今回はフォントメーカー、モリサワの森澤社長にお話をお伺いしました。
Too:まずは、御社について教えてください。
森澤さん(以下、敬称略):ありがたいことに、当社は100年近く前から、印刷・出版の業界において歴史があります。フォントメーカーになる前はハードウェアメーカーとして、事業を継続しながら業界に貢献してきたことで信頼いただいています。
印刷と「文字」の歴史を紡ぐ
森澤:私の祖父にあたる、創業者の森澤信夫は、戦前に星製薬という製薬会社の印刷部門にいました。そこの社長から印刷部門の業務改善を命じられたのがきっかけで、「邦文写真植字機」が実現しました。
当時は活版印刷の全盛で、残念ながら、写真植字機自体は大きなビジネスにはなりませんでした。海軍水路部の海図に小さな文字を貼るとか、パラマウント映画の字幕など、非常に限られた市場でした。その後、オフセット印刷が出てきて写真植字機は花開きます。
文字は活字メーカーさんから提供いただいた活字で文字盤をつくっていました。ところが、写真植字機の普及が進むほど活字メーカーさんが衰退し、新しい書体がつくられなくなっていきます。戦後の日本でデザインが大きく盛えた時代に、自分たちでつくるしかないとモリサワが書体開発を始めたのが1955年。最初からフォントメーカーになろうと考えたのではなく、写真植字機を売るために文字を開発したわけです。
Too:フォントメーカーとしてのターニングポイントは何でしたか?
森澤:やはりアドビシステムズ社(アドビ社)との契約でしょうか。日本語ポストスクリプトフォントの共同開発、および販売契約を締結したのが1987年です。当時モリサワでは、電子制御の手動写植機やコンピューターを積んだ電算写植システムなどの機械が売れていました。私自身は前年の1986年に入社し、その年の12月に役員室に呼ばれ「今度アメリカのベンチャーと仕事やることになったから、お前行け」と言われ、行ったのがアメリカのアドビ社でした。
1987年4月から4ヶ月間、研修という名目でアドビ社にお邪魔しました。そのころのアドビ社はまだワールドワイドで従業員が50人位の規模でしたが、私が日本に帰る頃には150人位に増えていました。創業者のジョン・ワーノックやチャールズ・ゲシキも普通に毎日会社にいて、車の座席に小さなMacintoshを乗せて、シートベルトで固定して持ってきていました(笑)。
日本に帰る前の8月、タイポグラフィー・ディレクターのサムナ・ストーン氏に誘われてアドビ社がオフィス移転する建築中のビルを見に行きました。400人が入れるビルでしたが「3年や4年ですぐに手狭になる」なんて話をしていて。アメリカのベンチャーのダイナミズムを目の当たりにしました。
Too:1989年に日本語ポストスクリプト搭載のプリンタが販売されました。
森澤:その頃はモリサワのビジネスも写真植字機の比重が大きく、最初はリュウミンL-KL、中ゴシックBBBの2書体しか積んでいませんでした。1990年以降は一気にDTPの流れがきて、5書体、7書体とフラッグシップ書体を投入後に、さらに爆発的に増えました。そのとき「もうこれは止まらないな」と思いました。2000年を境に写真植字機などのハードウェアメーカーとしての役割を終え、フォントのビジネスと、他社製品をシステムアップして販売するビジネスに舵を切りました。
企業が100年残るには、さまざまな転換期があると思います。モリサワは写真植字機というアナログなものから、電算写植機になってDTPに変わりました。さらにフォントを中心において、いまはグローバルなビジネス展開に力を入れようとしています。
多言語フォントのニーズ
Too:では、グローバル展開について教えてください。
森澤:多言語を1社で提供できることが重要です。形がキレイだねと評価されても、提供できる言語数が少ないと話になりません。例えば「Clarimo UD」は欧文書体ですが、ラテンベースで151言語をサポートしています。特にフォントは、ライセンス契約が国によってさまざまで複雑になりやすい。どの言語もすべて同じ規約で提供できることが強く求められます。
フォントはその国の文化を理解する必要があり、我々日本人だけでつくるのには限界があります。「Clarimo UD」はユニバーサルデザイン書体のUD新ゴとの併記に最適な欧文と多言語フォントを特長にしていますが、他にも世界各国のフォントメーカーと資本提携したり、アライアンスを組んでデザインに取り組んだりもしています。また欧文書体開発については、アメリカのロードアイランドにMorisawa Providence Drawing Officeという開発拠点を開設しています。
多言語フォントは、ゲーム開発会社や組込みといわれる市場でニーズがあります。ゲームにはAppleやGoogleの世界中で販売できる流通プラットフォームがあり、ゲームの多言語化が進んでいます。組込み市場はグローバルに製品を展開する会社で需要があります。例えば自動車メーカーだと、運転席にある有機EL画面にはグラフィカルな情報が表示されます。グローバルに販売される自動車では、世界各国のフォントが表示できる必要があるのです。
さらに海外のチャネルを開拓していくために、諸外国のフォントメーカーと一緒に動く必要があると、韓国、台湾、アメリカに現地法人をつくりました。
Too:御社は常に新しいことに挑戦されている印象があります。
森澤:「イノベーションのジレンマ」という言葉がありますが、自分たちで自らの技術やビジネスを駆逐するように挑戦していかないと、いつか他の会社にポジションをとられてしまいます。コアの技術の強みを活かしながら挑戦しなくてはなりません。「文字」がなくなったらモリサワのビジネスはなくなりますが、人間が文字を読まなくなる、物を考えなくなるということがない限り、文字はどこかのスクリーンで生きています。
空き時間に本、TV、新聞、スマホ画面……どのメディアを見るかというスクリーン戦争があります。我々もスクリーン上で、どのようなビジネスを展開していくのかが大きなポイントです。我々は紙媒体だけに固執していません。例えば、インターネット上でモリサワのフォントを配信できるようにすれば誰でも制作側と同じフォントで読むことができます。
フォントを使うところがなければ、使ってもらうためのインフラ側からつくっていくことです。新しいビジネスとして挑戦しているものに多言語ユニバーサル情報配信ツールがあります。多言語ユニバーサル情報配信ツール「MCCatalog+(エムシーカタログプラス)」は、日本語の広報誌やカタログ、パンフレットなどのPDFや印刷用データを、多言語のデジタルブックとして活用することを実現します。すでに東京23区のうちの9区の広報誌にご採用いただきました。
東京2020に向けて
Too:2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックのオフィシャルサポーターになったと伺いました。
森澤:1964年の東京オリンピックのときも、実はNHKの要請に応えて東京オリンピックTV放送用にテレビテロップ専用写真植字機を開発し、報道用のTVテロップを実現するという形でオリンピックに貢献していたのです。2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催が決まり、我々の代でもフォントメーカーとして、オリンピックに関わりたいという思いがありました。
モリサワは「文字を通じて社会に貢献する」という社是を掲げて、ユニバーサルデザインフォント(UDフォント)の開発と普及に力をいれたり、障がい者スポーツを支援していたりしたことが評価されて、「フォントデザイン&開発サービス」における「東京2020オフィシャルサポーター」になることが実現したのです。
Too:最後にTooについてコメントをお願いいたします。
森澤:国内も新たなマーケットをどんどん開拓していこうとしています。一般企業のビジネスパーソンの世界では、まだまだデザインが浸透しているとは言い切れません。
我々は印刷で培われたフォントの技術をベースに、文字を通じてビジネスを改革していきたいと考えています。Tooさんはデザインを得意とされていて、一般企業様ともお付き合いがあります。これからも両社が得意とする分野で、協力しあっていきたい大切なパートナーです。
Too:ありがとうございました!